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近代絵画発展上、本質的で革新的な絵画を描いた画家 ドラクロワ

ウージェーヌ・ドラクロワ Fedinand Victor Eugene Delacroix (1798-1863)
フランス   ロマン派


18世紀末、フランスには新たなる秩序を求める気運が高まっていました。

それは社会のみならず芸術世界でも同じであり、ドラクロワはこの混沌とした革命期のパリに、新政権のオランダ大使の息子として生まれました。

幼い頃から音楽そして絵画と、並々ならぬ才能を見せていたドラクロワは、画家である叔父リーズネルの勧めにより17才から本格的に絵を学ぶようになります。

フランス革命後の支配者ナポレオンは古典派美術を好みましたが、その宮廷首席画家であるダヴィッドはナポレオンの失脚とともに国外追放になりました。

ダヴィッドを師と仰いでいた同じく古典派のグロは、生粋の宮廷画家でしたが新しい時代の流れの中で、より内なる情熱を表現したいという欲求と、師への思いとの間で悩んでいました。

グロは若きドラクロワの最初のサロン出品作「ダンテの小舟」を絶賛し、絵画の新しい波を歓迎しました。

ドラクロワはすでに古典派からロマン派へと移行しつつあった時期に、グロの後輩として登場したのです。

ドラクロワの発展させたロマン派は、古典主義の安定した構図ではなく、動的で、擬音的。曲線的で、感性の波動を伝えようと試み、色彩をもって表現しようとするものでした。

ドラクロワの革新は古典派に向けられただけではなく、個性の宣言を重視する近代美術にも向けられたのです。

個性と自由。近代絵画に欠かせない基盤を築いたのが、ドラクロワだったのです。

 

◇作品紹介




ドラクロア
「民衆を導く自由の女神」

所蔵 ルーブル美術館
サイズ (縦 61cmx横73cm) 号数 P10号

1830年7月革命の成功の機に、市街戦の修羅場に白昼夢のような女神を登場させ「自由」を謳歌します。燃え盛る炎を背に、人々を先導する自由の女神。 目を見開き、烈しく昂揚している人々とは対照的に、女神の横顔は静かに感情を封じ込めています。
 法隆寺の百済観音をルーブル美術館で公開したお返しに99年2月に日本で公開され人気を博しました。

 

 


ドラクロア「シオの虐殺」
1824年のサロン展に出品、ロマン主義絵画の出発点となります。ギリシャ独立戦争でシオ島の住民が虐殺された事への抗議です。

所蔵 ルーブル美術館
サイズ (縦 85cmx横73cm) 号数 F15号

 


ドラクロア「サルダナパルの死 」
バイロンの詩から想を得て、バビロニア王サルダナパルが民衆に包囲され宮廷の美女を殺させ、宮殿に火を放って滅亡した歴史的な場面を表わします。

所蔵 ルーブル美術館
サイズ (縦 70cmx横80cm) 号数 P15号

 

 
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